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Watching the Grass Grow

' Watching the grass grow ' とは直訳すると「草が育つのを見る」という意味。​初めはこのことを知らずに ' Watching the grass glow ' だと思って、植物についた朝露や霜なんかが朝日に照らされているのを見ている状態のことを指すのかと思ってました。水滴の中に世界が見えるようで一瞬神秘的な気持ちにさせてくれるあれ。
ロストイントラ
ンスレーションなんていうかっこいい言葉も使えないような無知で恥ずかしい間違いです。
この言葉(といっても間違った意味なんだけど)を初めて知ってから2ヶ月後くらいに本当の意味を知りました。

前置きが長くなりました。まあつまりは「超つまんない」みたいな意味です。ちょっと皮肉ぶってるような英語の使い方で好き。
で、自分の活動、というか普段やってる表現衝動の成れの果てがこの言葉にぴったりだと思った。美術史、写真史からしたら自分の作り出すものなんて超つまんないのかもなと。数々の偉業を見てそう考えたんです。でも撮るし作る。普通の人なんかこんなこと考えないのかもしれないけど結構真剣に悩んだ時期もあります。
悩むきっかけとなった
「Scrap」は道端に転がっている廃車をアホみたいに撮り続けた記録。何でかわからないけど楽しくて気づいたらすごい数になってた。
​で、悩み、それを具体化させたのが修了制作の
「A Small, Good Thing」、タイトルは受け売りだし、もしかしたら中身とそんなにリンクしないかも知れない。だけど結構気に入ってます。
衝動的に、けれどなんだかんだ撮り続けている自分という存在に対して、答えをつけられない僕に、友人が作品のキャプション用にいいテキストを書いてくれました。


前略〜「そんな自分がこの世界からいなくなったいつの日にか、これらの写真が何かの役に立ったり、或いは誰かにとっての世界を変えるきっかけになっているのかもしれない。」

​いい言葉。長いけど座右の銘にしたい。とるに足らないこと、つまらないこと。自分がそう思ってただけかも知れないなと思うと晴れやかな気持ちになりました。バカみたいに単純。
ついでに言っておくと僕は自分の写真を眺める時間と、ごくごく身近な人に見せて話す時間が大好きです。それに次いで誰かに見て欲しい気持ちもある。最終的に話が矛盾してるかも知れないけれど、今これを読み終わった暇なあなたにはぜひここにある写真を眺めていった欲しい、と、こういうわけです。

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